PNL第6戦 2010栂池ジャパンカップ レポート

開催地 スカイワンダーランド栂池エリア
主催 栂池ジャパンカップ実行委員会
レポート 大澤行英


<プロローグ>
 毎年6月に開催されている栂池ジャパンカップ。今年はPWC白馬開催があったので、初めて10月の体育の日をからめた三連休で行われました。この時期の栂池は初冠雪も期待でき、山の高所では雪、中間では紅葉、下段では新緑の三つの色が楽しめる「三段紅葉」が有名です。
 2007年に日本グランプリが開催され、栂池エリアで2回目となる日本グランプリ。2004年から毎年ナショナル大会が開催されており、高い確率で成立しております。今年行われたPWCでは安曇野市三郷へのゴールも大成功をおさめ、新たな可能性を持った栂池ジャパンカップに80名もの選手が集いました。
 そのほかⅩ-白馬も同時開催され、栂池には熱いパイロットたちが集いました。

<10月9日>
 前日の8日の練習日にはたくさんのスタッフと10名以上の選手が集まり、準備とフリーフライトが出来ました。フリーフライトでは岩岳往復が出来ただけに、大会当日に限って雨…。非常に残念ですが、天気ばかりはしかたありません。
 しかし、選手たちは雨でもその時間を楽しむかのように、選手同士交流を深めていました。競技事業部宮田部長による三郷町ゴールへの説明を、今年行われたPWC白馬のトラックログを見ながら行われました。さらに半谷競技委員長より、地形を下見するべきだという指摘もあり、はじめてフライトに行く場所へ挑戦するパイロットに心構えが説明されました。三郷ゴールに現実味がおび出来た選手間では、闘争心が湧いてきたようです。
 主催者により用意された交流会でオードブルをご馳走になった後、選手たちは下見などで各々の時間を有効に使いました。


<10月10日>
 天気予報では雨予報で、フライトするモチベーションがやや沈み気味でしたが、朝の天気は晴れ間ものぞいていました。しかし、予報では明らかに前線が通過する心配がありました。一度はあきらめ、選手ミーティングを行っているさなか、雨雲レーダーから前線がなくなりました。さらに八方エリアからはフライトできるという情報が!10時テイクオフに上がることになりにわかに騒がしくなりました。
 11時過ぎ、選手全員がテイクオフに集まりましたが、先程の晴れ間はどこにもなく、霧のような雨が降っていました。雨はやむときもあるのですが、降ったりやんだりを繰り返します。さらに雨雲レーダーでは消えていた前線が現れました。このままテイクオフで待っていても競技で飛ぶどころかフリーフライトも出来なくなってしまうので、競技はキャンセルとし、希望者のみフリーフライトを楽しんでいただきました。
 下に降りて帰着を済ませた選手たちには、暖かいトン汁がふるまわれ、霧雨で冷えた選手の体を温めてくれました。
 二日間雨でしたが、明日の最終日は間違いなく良い予報です。近隣のエリアに飛びに行くなど、選手は準備に余念がありません。

  

<10月11日>
 早朝、雨が降っていて北風が強く予報とは違う天気に戸惑いましたが、雨がやみ期待していた通りの展開になっていきます。選手たちもそんな天気に心配と期待の表情で、受付の7時30分よりも早く集まり、受付前には早くも行列が出来ました。
 スタッフもそれに応え、選手は9時前には全員テイクオフに集まりました。しかし、テイクオフの視界を低いガスが覆い隠しています。それに気温が低くひんやりとします。選手たちはウエイティングには慣れている様子で冷えないように調整し長くなるウエイティングに備えます。
 最初のブリーフィングでは、気象データを参考に唯一ビッグタスクの可能性が大きいフライトコースが発表されました。テイクオフ→三郷ゴール、54km。ターンポイントはなし。スタートラインはゴールより45kmのビッグシリンダーで、八方と五竜との間に設定されました。あまりにもシンプルで大胆なタスクに選手からどよめきが起こりました。
 タスクを行う上での岩岳周辺の注意事項が説明され、あとはタイミングを待つだけとなりました。時間がたつにつれ、ガスが晴れ10時頃には視界が良くなりましたが、晴れ間がありません。11時を過ぎてようやく栂池エリアに日照が出て、ダミーがサーマルを捕えて上昇します。
 タスクコースは予定通り、D72テイクオフ→A64三郷ゴール54km、スタートラインはA64を中心とする45kmのシリンダーで、八方エリア付近で空中待機できるように設定。ゲートオープンは11時30分、デパーチャーオープン12時30分のエラップスタイムが発表されました。
 ゲートオープンからスタートまで一時間ありますが、栂池から八方まで通常30分ほどかかりますのでスタートに間に合うためには十分に時間があるとは言えません。ゲートオープン時には選手は急ピッチでセットを終え、次々とテイクオフしていきます。
 テイクオフしてすぐに200mほど上空の雲底にはたどり着くことは出来るのですが、栂池からスタートライン付近の八方までには7kmの距離があり、途中には難所の岩岳を越えなければなりません。岩岳へ低く突っ込んだ選手は大スタックを余儀なくされました。低くなったものは上げ直しがさらに難しく、リフライトのため栂池ランディングへ向かう選手も少なくありませんでした。
 そんな中、スタート時間までに30機ほどの選手が集まりました。多くの男性選手の中には女子の村上選手もいます。八方では雲底に着くまでには至らず、1600〜1700mの高度でデパーチャータイムを待ちます。
 デパーチャー時刻2分前に2km手前から絶妙のタイミングで走ったのは高杉選手です。その他の選手はフライングしないよう1分前に2km先のスタートラインを目指します。先に行く高杉選手がスタックする間に、扇澤選手、小幡選手、宮田選手が加わり、そのすぐ後ろを大澤選手、稲見選手、長嶋選手、竹尾選手が追う展開となります。
 早い時間に五竜へ到達したグループはなんとか集団で高度を維持して佐野坂へと向かいますが、少しのタイミングの差で下降気流に阻まれる選手も多い中、女子の村上恭子選手、平間利恵選手が佐野坂まで、小森さちよ選手がその手前まで距離を伸ばしました。
 佐野坂付近で二つのコースに分かれました。木崎湖へと伸びている尾根上に低い雲が立ちはだかっているのです。先行している選手の宮田選手、小幡選手は雲の左側の木崎湖コース、高杉選手、扇澤選手は右側の爺ヶ岳にコースを取ります。少しあとから様子を見ていた大澤選手、稲見選手は爺ヶ岳にコースを取ります。この時間を最後に佐野坂上空の雲はさらに大きくなり爺ヶ岳方面のコースを閉ざしてしまい後の選手は木崎湖コースをしか選択肢がなくなりました。どちらのコースが吉と出るか!面白い展開です。
 最初は木崎湖付近で高度が下がります。しかし、大町へと近づくとサーマルにヒット!高度を回復し平地へ出るときには高瀬川上空を飛ぶコースと高度の高い山が続く西コース、低い山が続く東コースに分かれました。トップグループで高瀬川コースを選んだ宮田選手はグランドサーマルを乗り継ぎゴールへと向かいます。
 一方、爺ヶ岳は対流現象がなく、そんな中生き残った高杉選手、扇澤選手、大澤選手は低いながら粘り大スタックの末、ようやく爺ヶ岳を抜け出します。
 少し遅れた長嶋選手はどのコースも渋そうであることから東側の山を選択。しかし、東側のコースはサーマルがなく真ん中の高瀬川コースに戻ります。たとえ好条件に見える高瀬川コースといっても他に比べれば日照がある程度で、渋く苦しい旅が続き、サーマルに乗り継ぐことが出来ず一人、また一人とランディングしていきます。
 その頃、遅れて単独で木崎を離れた伊藤選手は、確実にあげるという自分のペースを崩さずに高瀬川上空を飛んできます。
 PWC白馬で実績のある西側コースの高杉選手、扇澤選手、大澤選手はペースを上げ南下しますが、秋の太陽の傾きは早く陰った東斜面からは下降気流が発生しはじめ、2時過ぎにはサーマル雲が消滅し、西側斜面に回り込めなくなった高杉選手から順に、扇澤選手、大澤選手とランディングしていきました。
 日照の当たっている場所でもサーマルは終焉となり最後までサーマルを使い切って宮田選手はただ一人ゴールまで辿り着きました。単独で後を追いかけていた伊藤選手は最後のサーマルまで使い切りゴール手前7kmまで距離を伸ばしました。
 こうして秋の栂池ジャパンカップ最終日は宮田選手たった一人が54kmをゴールしたわけですが、渋い条件で距離を伸ばした選手が少なくDayクオリティーが不十分で、がんばったにもかかわらずトップの宮田選手得点が760点。グランプリとしては不成立でした。
 しかし、ナショナルリーグ大会としては十分成立条件を満たしています。総合は唯一ゴールした 宮田歩選手が優勝、2位には 伊藤博之選手、3位に 大澤行英選手、4位 扇澤郁選手、5位 松原正幸選手、6位 高杉慎吾選手となりました。女子は1位 村上恭子選手、2位 平間利栄選手、3位 小森さちよ選手。シリアルクラスは、1位 平間利栄選手、2位 榎本康次選手、3位 隅秀敏選手。チーム戦は1位 きのこ山 2位 オレンジレーシング、3位 碧きWINGKISSと なりました。入賞された皆さんおめでとうございます!

 本大会は選手たちに白馬で山を越えていく難しさ、渋いときでも距離を延ばす必要な粘る必要性を、時間とともに変わる日射の計算の大切さを教えてくれました。
 グランプリは11月に行われる次のナショナル大会「四国三郎ジャパンカップ」に場所を移して再度開催されることに決定しました。選手たちはグランプリ優勝という目標にむけて再スタートです!

主催者 後藤敏文様より 
 地元の皆様、近隣スクールや各スキー場関係者,ならびに御後援をいただいた各自治体のご協力で、大会運営も非常にスムーズに進めることができました。JPAの競技関係者の皆様、ならびに大会スタッフの献身的な協力なしには、大会の成功はありえません。今大会に携わってくださいました、すべての皆様に感謝いたします。本当にありがとうございました。お疲れ様でした。